篆刻の制作に要る道具、要らない道具。

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篆刻は、主に石などに篆書体などの文字を彫って印を作ることで、趣味のなかでは、あまりお金がかからず、場所もとらないものだといえるでしょう。約5千年前、メソポタミアで生まれてから長い歴史を経た現在、篆刻という表現ジャンルでは、過去の因習にとらわれない新しい方法が取り入れらてはいるのですが、いまだに古い習慣を守り、教え、伝えることで、無駄な時間や経費を費やしている傾向も根強く残っています。
以下では、楽篆堂があえて篆刻の師につかず、会派にも属さず、しきたりや先入観から自由な立場で制作するなかでの経験を中心に、できるだけ多くの方に篆刻を楽しんでいただけるよう、最低限必要な道具について、また無くても困らない道具について解説します。

A:篆刻制作に、最低限、必要な道具、材料。

1:石(印材)
印として文字などを彫る材料は印材と呼びます。最も多く一般的なのは滑石(蝋石)で、四角、長方形、丸、楕円など印面の形と大きさで選べます。ほとんどが中国からの輸入品ですが、趣味として彫るものであれば、青田石、寿山石、巴林石(ぱりんせき)などの種類にかかわらず、価格は数百円と手頃です。
石の他の印材は、印刀で彫れる木や竹のほか象牙、陶器、ガラスなども印にすることは可能です。最近では「消しゴムはんこ」というジャンルも生まれていますが、楽篆堂はこれも広い意味で篆刻と考えています。 

2:耐水ペーパーとガラス板
印材は、ほとんどの場合、印面以外は比較的きれいに磨かれていますが、印面だけは自分で平らに整えなければなりません。その時に必要なのがサンドペーパーで、少し厚手のガラス板の上に敷いてこすることで、平らにします。サンドペーパーでも耐水ペーパーを使うのは、水で濡らすことでペーパーがガラスに密着する、また粉が舞わないなどの理由だと思いますが、慣れれば水なしの状態でも可能です。
楽篆堂は、まず粗い100番で大きな凸凹を無くし、やや細かい400番で仕上げます。それより細かく磨くと印面がツルツル過ぎて、石と紙の間の印泥が滑るように感じます。
※この磨いた粉は、古歯ブラシなどで集めて溜めておくと役にたちます。半紙などに印泥で押した後、時間がたつと油分が黄色く滲んできます。印泥で押した後、裏にこの粉を付けておくと、油分を吸い取ることができます。

3:印刀
印刀は石などのやや硬い印材を彫る道具なので、最低でも1本は必要です。楽篆堂は角型両刃、幅4ミリ1本で、大きな7センチ角から小さな7ミリ角まですべての石を彫っています。丸型両刃、斜め片刃などもありますが、上達と必要に応じて増やせばいいでしょう。
中国製の合金のものが安価で多く出回っていますが、切れ味では日本製の鋼と軟鋼で鍛造したものがベストで、そんなに高価でもありません。

4:方眼紙、鉛筆、消しゴム、サインペン
文字のデザインは、5ミリか1センチの方眼紙にします。印面の大きさで枠を書いて、その中に文字を配置しますが、小さな印面の時は2倍や1.5倍とかに拡大して、のびのびとデザインすることもあります。
鉛筆は、楽篆堂はBが硬すぎず柔らかすぎず、最適だと思います。鉛筆で構成が決まったら、0.1ミリ程度の細い黒の水性サインペン(楽篆堂はUNI pin)で上から塗りながら清書します。朱文の場合は赤い部分を黒く塗り、白文の場合は彫って白くする部分を黒く塗ります。紙の上では白と黒だけですが、実際にどちらが赤く、また白くなるかくらいの識別は簡単なことです。
※日本の篆刻界では、実際の赤と白をそれぞれ朱墨と墨で布字をするという方法が一般的なのですが、実際に白くなる部分を黒い墨で塗ること自体、視覚的にも筋が通らず、楽篆堂には理解不能です。
デパートで実演する中国・西冷印社の篆刻家は石の印面に直接筆で逆文字を書いています。彼らに日本では墨と朱墨を使うといっても、意味が分からないよう「?」という顔をします。

5:トナー式コピー機
簡単でできるだけ少ない道具で、といいながらいきなりトナー式コピー機が必要という話ですが。わざわざ数万円も出して買うことはなく、ご近所のコンビニのコピー機はほとんどがトナー式ですので、利用してください。方眼紙で清書したデザイン原稿は、印面と同じ大きさで濃い目にコピーします。

6:除光液
篆刻のデザインをコピーしたら、コピー面を印面に当てて、裏からマニキュアの除光液で浸すと、        コピーの黒いトナーが印面に転写されます。ただし、コピー機のメーカーと除光液には相性があって、どんなコピー機、どんな除光液でもOKではないので、多少の試行が必要です。書道具店によっては除光液の代わりになる、黄色やオレンジのマジックインクを売っています。

7:歯ブラシ
石の印面を印刀で彫る時に出る石の粉状のゴミを掃除するためのもので、使い古しの歯ブラシで十分です。

8:印泥(いんでい)
篆刻のために作られた印肉で、水銀と硫黄を焼きしめて作った銀朱にモグサの繊維とヒマシ油を混ぜたものです。書画の作品には、中国・上海の西冷印社の「光明」、「美麗」などをお勧めしていますが、絵手紙とか普段のお便りなどでは、普通の印肉やシャチハタのスタンプ台で十分だと思います。かなり高価なうえに質的に当たり外れがあり、暑さ寒さで硬さが変わるなど、なかなか気難しいものです。

9:半紙(印箋)
篆刻、印は押して印影を楽しむものですから、半紙などの紙が必要です。篆刻には綿連紙や薄手の画仙紙が良いとされていますが、シャープな印影を好む楽篆堂は雁皮紙を使います。
枠が刷ってある既製品の印箋(いんせん)もあり、たくさん溜まったら表紙を付けて和綴じにして自分だけの印譜(いんぷ)を作ることもできます。

B:篆刻制作に不要な道具、無くても困らない道具。

10:印床(いんしょう)
印面に文字を書き込んだり(布字)、印を彫る時に、ネジやクサビで印材を固定する台のことです。一般的に初心者はこれを使う方が良いとされますが、楽篆堂は初心者のときから石は手で握って彫ることをお勧めしています。片手に石、片手に印刀であれば、石と印刀の角度を臨機応変に変えられ、石も細かく動かせますが、印床だとデスクに置いた状態なので彫る角度の自由度が低く、また印床は軽くはないので細かく動かしにくいのが難点です。

11:印褥(いんじょく)
印を紙に押すときの台で、木枠の中に皮を張り、かすかな弾力をもたせたもの。あるにこしたことはありませんが、少し厚手のガラス板に紙を2,3枚敷いても同じように捺すことができます。

12:印矩(いんく)
主に木製の直角の定規です。書の作品に白文の落款印を赤ベタ部分にムラのないよう2,3回重ね押しをするときには欠かせない道具ですが、印影でもカスレ、欠けがあるのが自然という傾向が強くなっていますから、必須の道具ではありません。印を押す場所を決めるときにも使えます。

13:墨、朱墨、硯、水滴、筆
多くの篆刻教室では、印稿を作ったり、布字をするときに墨と高価な朱墨を使い、またそのために二面の硯も購入することになりますが、トナーと除光液で転写する時には墨、朱墨、水滴、筆までが不要です。

14:手鏡
印面に墨や朱墨で布字したり、彫る途中、彫った後に、印面の逆字を鏡に写して正字で確認する時に使いますが、トナーと除光液で転写する時には不要のもので、彫った途中なら捺して紙に押してチェックする方が正確です。

以上のように、篆刻は最低限、10ほどの道具、材料があればできる趣味です。また、場所的には、石を彫る時の削りカスには重さがあって遠くに飛ばないので、新聞紙半分、折込みチラシほどのスペースがあれば十分。
篆刻はお金がかからず、場所もいらない、誰でも気軽に楽しめる趣味であること、お分かりいただけたでしょうか。

 

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