眞人を、悼む。(篆刻:眞)

眞
白川静先生が亡くなってしまった。平凡社の『字統』、1994年3月10日初版第一刷。 これは、私にとって単なる書物文献ではない。私はどんな漢字を彫るときも、 必ずその項を読んで、その文字の起源と生い立ち、変遷を心に叩き込む。 そうしてそれから、私なりの形にしていくのが基本動作。だから私の篆刻歴の 後半を導いてくれた先達で、いつかともに歩む同士になった。その親が、亡くなった。 だから、白川先生は『篆からの贈りもの』の後見人かのように、勝手に考えていた。 見ず知らずの私の本を読んでくださるかはともかく、お手元に届けたい、と。 まず平凡社に送り、平凡社から先生にお渡しいただくのが筋ではと、考えていた。 かくしゃくたる先生が病床にあるなど思いもしないから、急ぐことはないとも 思っていた。うかつだった。せめて、その手で触れるくらいは、していただきたかった。 篆刻は、真の旧字「眞」。日経新聞で谷川健一氏も書かれているが、死を意味する 化の初文と首の倒れた形で、死者。もはや化すことがないから、永遠で真実なるもの の意となった。『字統』には、荘子の「眞人ありて、しかるのち眞知あり」の言葉もある。 後漢の許慎の著『説文解字』を根底から覆して、独自の体系を立てた白川先生は、 許慎先生とどんな話をされているのか。眞人同士の会話が聞きたい。
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