呼ばれて、パンクした。(篆刻:呼)

呼
シンクロニシティ(共時性)といえば、私の結婚式の前の晩のことだった。 独身最後の夜だからと、大学時代の友人ふたりと銀座の裏で酒を飲んだ。 実に楽しい酒だったが、私はまだほとんど酒が飲めなかったから、したたかに酔った。 友人が会社のハイヤーを呼んでくれたが、「横浜の金沢文庫まで」と言ったまま 寝込んでしまった。「パンクしたんで、ちょっと降りてください」という声で目が覚める。 しかし、気持ちが悪い。ちょうど目の前に公衆便所があった。吐いて、スッキリした。 周りを見回したら、どうも見覚えがある。市電の停留所で、「久保山」だった。 そこには、私が生まれる前、戦争中に死んだTという兄の墓地がある。 そのTと私はよく似ているそうで、そのせいか、母と一緒によく墓参りに行った。 しかし、結婚に浮かれていた私は、墓に報告に行くのをすっかり忘れていた。 タイヤには5寸釘が刺さっていたという。「そんなこと、よくあるんですか」と聞いて、 「それじゃ、商売にならないですよ」と答えられたのは、確かに記憶にあるのだが。 どう考えても、銀座から金沢文庫まで行くのに、久保山を通るのは変な回り道。 でも、なぜその道を通ったのかは聞かなかった。兄が呼んだに決まっているからだ。 篆刻は、古代文字の「呼」。乎(こ)は、鳴子板の形。それを鳴らして呼ぶのは、神。
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